ティーカップが静かにソーサーから離れ、優雅にカップを口元に運ぶ様を、美しいと思いながら見つめていた。シミ一つない白い肌に、さらりと流れる黒髪、何よりも強い意志を宿した宝石のような紫玉の瞳。整い過ぎていると言ってもいいほどの顔立ちに、芸術家の創作意欲が激しく掻き立てられた。
ただひとつ残念なのは、これほど完璧なモデルがいるというのに、この場の空気は心底残念なほどこの光景にそぐわなかった。この鼻に届くのは濃厚なチーズの香りで、こちらも本来であれば美しい被写体になるであろう少女が、行儀悪くピザという庶民の食べ物を口にしていた。
このC.C.と名乗るコードRの実験体は、研究室に戻そうとした所「いいのか?私は全て知っているんだぞ?あの暗殺の事も、全て、な?」と、言ってきた。またカプセルに封じられないための出まかせかもしれないが、相手は不老不死。つまり当時も今と変わらぬ歳で生きていたのだ。もしかしたら事件の事を何か知っているかもしれないと、ジェレミアの監視付きで、彼女の望むままピザを与え、ルルーシュに会わせた。
「それで、C.C.と言ったか。お前はなんだ?」
ルルーシュは、ガサツな口調でそう尋ねた。ああ、あの礼儀正しく美しい言葉を口にしていたルルーシュがと、クロヴィスはこの事にもガッカリと肩を落とす。
「なんだとは失礼だな。それを聞くなら、誰だ、だろう?」
こちらの少女もまた口が悪い。
「誰か、などどうでもいい。お前はまちがいなく俺の目の前で死んだ。・・・俺を守ってな。だが、今こうして生きている。普通の人間では無いのだろう」
そのルルーシュの言葉に、クロヴィスはハッとなりC.C.を見つめた。
「ルルーシュを、守ったというのは本当かね?」
「・・ああ。私が額を撃たれたのは、ルルーシュをかばったからだ」
この言葉で、クロヴィスのC.C.に対する印象や心証はがらりと変わった。
例え不老不死でも、痛覚は人と変わらない。それだけの痛みを受けるというのに、この被検体はその身を犠牲にしてルルーシュを守ったという。
ピザ臭いのと行儀の悪さではマイナス点だが、最愛の弟を守ったということで、C.C.の株は一気に上昇した。
「そう、額を撃たれた。だが、どうしてお前は生きている」
「ふん、簡単な話だ。それは、私がC.C.だからだ」
C.C.は、ふふんと自信ありげに答えた。
「答えになっていない」
「そうか?私にはそれで十分通じるぞ?」
からかうような口調で話すC.C.に、ルルーシュはこめかみを押さえてから視線をクロヴィスへ向けた。
この視線はまちがいない。
弟に頼られている。
しかもあのルルーシュにだ。
クロヴィスのテンションが一気に上がった。
「信じられないかもしれないが、彼女は不老不死なんだよ」
「不老不死?」
普段であれば、あり得ないなと鼻で笑う所だが、目の前で完全に死んだ姿を見た以上笑う事は出来なかった。
何より、いま自分の身の内にはギアスが宿っている。
人を支配する異能が。
「それで、ルルーシュ。先ほどの話は真実なのだね?父上は、わざと君たちを残し、戦争を仕掛けたと。それだけではなく、暗殺者も送られていてた。君たちが心ないもの達に差別を受けた姿を見ても、SP達は見て見ぬふりをしていたと。だからこそ、皇室に戻れば暗殺されるか政治の道具として使い捨てにされる可能性が高いから、身を隠して生きていたというのだね?」
「嘘をつく理由はありませんよ。何より10歳だった俺が、障害を抱えたナナリーと共に逃げる理由など、それ以外にありますか?」
ルルーシュの鋭い視線に、クロヴィスは悲しそうに眉尻を下げた。
皇族という地位を捨て、鬼籍に入ることで手に入れられる物。
幼いころからルルーシュは、ナナリーの兄として妹を守り続けていた。
頭のいいルルーシュが、本国を頼らず姿を消すという事は、それだけブリタニアという国が危険で、そうでもしなければナナリーを守れないと判断したからだ。
「・・・私たち皇族は、日々暗殺の危険にさらされている。異母兄弟で争う事も珍しくはないのだが、まさか、父上がそんな事をなさるとは」
確かに愛情を持って接してもらった事はないが、だが、我が子を捨て駒にするなど。
「いえ、その考え方は間違っています。あの男だから、俺たちを簡単に生贄に捧げるんですよ。弱肉強食が国是。だから互いに争いあえというのがあの男の考え方ですからね。その考えで行くならば、弱者となった俺たちは淘汰される運命。ただ殺すよりも、国の役に立つ殺し方をしただけにすぎません。ブリタニアが勝つために」
日本としては、ブリタニア皇帝の子が人質になっているのだから、まさか二人がいる間に戦争を仕掛けてくるなど考えもしなかっただろう。
だが、ブリタニアは皇帝の子を送ることで油断を誘い、凶悪な兵器を投入した。
そして混乱する日本を一気に制圧し、日本という名を消し去った。
「考え方を変えれば、日本という極東の島国は、そうやって油断させなければいけないほどの国だったという事です」
日本が臨戦態勢の時に挑んだらどうだっただろうか。
それでもKMFがある以上ブリタニアの勝ちは揺るがなかったかもしれない。
だが、損害は計り知れなかったのだろう。
何せ他の植民へは、一度も人質を送る事はしなかったのだ。
いつでも攻め込めるんだぞ、という態度をとり、一触即発の状態を続けた後宣戦布告をするのがブリタニアのやり方だった。
唯一の例外となった日本という国は、無害な子ヒツジ2頭を差し出し、警戒を緩めなければならないほど強力な軍事力を持っていたのだ。
そして、持久戦に持ち込めば不利になりかねないと、短期決戦で挑み、たった1ヵ月で戦争を終結させた。
「つまり、この国の人間が立ちあがり、ブリタニアに対抗できる武力を手に入れる事が出来れば・・・勝てないにしろ、ブリタニアに土を着ける事は可能だという事です」
突然の不穏な発言に、クロヴィスはさっと顔を青ざめた。
人質云々は当然偽造ですが、R2では中華連邦を手に入れるためオデュッセウスがある意味生贄になってましたから(ロリコンには幸運だったと思うけど)、もしかしたら各国落とすために皇帝の子供たちは人質として(名目は留学)あちこちに送られているかもしれないですよね。
あ、ユーフェミアはEUの学校だったような?
あちらの戦闘が激しくなる前に副総督としてエリア11に来たんだろうけど、あれもまた人質扱いだったのかな。